リガ・ノロエステ ~もうひとつのウィンターリーグ(第1回)
昨年10月から今年2月にかけて、当ブログにて「イスラエル野球紀行」という記事が連載されました。
(全ての記事についてはこちら→http://kozo.boxerblog.com/kozo/cat2140867/index.html)
イスラエルで初めて行われたプロ野球リーグを訪れ、現地の状況を『野球小僧』10月号の「ワールドベースボールレポート」に寄稿頂いた“放浪野球観戦”の第一人者・石原豊一氏が、そのときの旅の成りゆきをさらに詳しく綴った内容に多くの反響を頂きました。
残念なことに、今年のイスラエルリーグは資金難のため、開催が見送りとなったそうですが、世界のありとあらゆる野球を求めて時間を作っては“放浪野球観戦”を続ける石原氏。今度は、昨年末にメキシコのウインターリーグに行ってきた際のレポートを寄稿して頂けることになりました。
本日から、主に毎週金曜日の更新にて連載いたします(諸事情により更新日を変更することがありますのでご了承下さい)。
日本のほぼ反対側で行われている中南米の野球。その中でも古い歴史を誇るメキシコの野球はメジャーリーグやWBCなどで多少は知られるようになりましたが、それでもなかなか得られるものではありません。
石原氏が自ら体感してきた貴重な生の「メキシコ野球」の雰囲気を、ぜひ一緒に味わって下さい。
viaje00 メキシコ野球の1年
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メキシコ野球の歴史と現状
今年3月に発売された『野球小僧 世界野球選手名鑑』で、メキシコでは1年中プロ野球が行われていることについて紹介した。その記事を書く際に元になった、昨年12月に現地を訪れたときの模様を紀行文にまとめのでご覧頂きたい。
今回は本編に先立ち、まず序章としてメキシコ野球の1年を詳しく紹介しよう。
メキシコのプロ野球「リガ・メヒカーナ(メキシカンリーグ)」は独立したプロ野球組織である。元々はアメリカ・メジャーリーグとは何の関連もなく発足し、かつては「第3のメジャーリーグ」となるべく、メジャーリーグやニグロ・リーグから選手を引き抜いて対抗したこともある。この1940年代後半がメキシコプロ野球の黄金時代と言える。
しかし、結局この目論みは野球人気がアメリカに比べて低かったせいもあり、財政破綻をおこして潰えてしまった。MLBはこのような他国のリーグの侵略が2度と起こらないように、メキシカンリーグをマイナーリーグの統括組織「ナショナル・アソシエーション」に組み込んでしまったのである。
こうして現在、メキシカンリーグは3Aランクに位置付けられている。
だが、各球団はメジャーチームのファームと言うわけでなく、業務提携を結ぶことはあっても、決して傘下の球団とはならない。そのため、メジャー球団がメキシコから選手を獲得するには、トレードマネーを支払う必要があり、このことが他のラテン諸国に比べてメキシコから選手が流出しにくい原因となっている。逆説的に、それがメジャーリーグにメキシカンの少ない理由であるとも言えるだろう。
開幕時期とマイナーリーグの構成
さて、そんなメキシコ野球の1年のスケジュールは2月半ばの春季キャンプから始まる。そして、数試合のオープン戦を含む約1カ月のトレーニングの後、3月末にはいよいよシーズンの開幕だ。
この時点で1軍であるメキシカンリーグのロースターからもれた選手は、北部ヌエボ・レオン州の「アカデミー」に送られ、引き続きトレーニングとなるが、ここでメジャーのスカウトの目に留った者はドミニカのメジャーアカデミーに送られ、アメリカへ行けるかどうかをテストされる。
一方、メキシコのアカデミー組は、4月になると「クラッセA」と呼ばれるリーグ戦に突入。まだまだファームの充実していないメキシコでは、資金の豊富なメキシコシティ・ディアブロス以外の球団は自軍のマイナーリーガーだけでチームを組めず、混成チームによってこの1カ月半のリーグを戦う。
このリーグはアメリカのルーキーリーグと同じく、興行的なことは行わない。各球団の選手は1軍と同じユニフォームを着て、アカデミーのグランドでプレーするのだ。
そして、この「クラッセA」の開幕に少し遅れて始まるのが、「リガ・タバスケーニャ」である。こちらは南部タバスコ州の田舎町に本拠を置いた6チームによるマイナーリーグで、各球団から送られた選手が、地元興行主の経営する独立したチームの所属選手となって短いペナントレースを争う。
これら2つのリーグで淘汰された選手は、5月末になると、北西部ソノラ州に集まって「リガ・ノルテ・デ・ソノラ」に参加する。この頃になると、1軍ではケガ人や戦力外の選手が出てくる。ここで活躍した選手は、晴れて1軍昇格を果たし、反対に降格者やメキシカンリーグをクビになった者、アメリカでの春季キャンプで振り落とされ、独立リーグでも職にあぶれた者などは、このサボテンの居並ぶ砂漠にやってくるというわけだ。
レギュラーシーズン後にも用意される試合の場
メキシカンリーグは7月中に前後期制のレギュラーシーズンを終え、1カ月におよぶ「第3のシーズン」こと、プレーオフに突入する。「リガ・ノルテ・デ・ソノラ」も同じ時期にプレーオフが終わり、ともに9月初めにファイナル・シリーズを終える。この後、メジャーリーグのスカウトの目に留った者は、メジャーリーグやその傘下のチームに移籍したり、佳境を迎える独立リーグに出稼ぎに出かける。それ以外の者は、10月末に始まるウィンターリーグ、「リガ・パシフィコ」までつかの間のオフを迎える。
一方、マイナーリーガー達には、新たに修行の場が用意されている。新たに各球団に入団してきたルーキーたちとともに、再びヌエボ・レオンの「アカデミー」に戻り、12月初めまで続く「リガ・ルーキー」を戦う。ここで活躍した者は、順次、太平洋岸中部ナジャリ州で行われる「リガ・ノロエステ」か、大西洋岸中部ベラクルス州で行われる「リガ・ベラクルシアナ」に送り込まれる。
冬期に行われる、3つのリーグは年内にレギュラーシーズンを終え、敗退したチームの選手たちは順次故郷へ帰りつかの間のオフに入る。「マイナー」の2リーグは、新年の第2週までに、チャンピオンが決まり、「1軍」の「リガ・パシフィコ」は1月末までプレーオフを行い、ファイナルを勝ち抜いたチャンピオンチームは2月第1週に行われるラテンアメリカのプロ野球のチャンピオンシリーズである「セリエ・デル・カリブ」に出場する。
これだけではない。アマチュア野球が未発達なメキシコでは国際大会にもプロによるナショナルチームが結成され、毎年8月にはシーズン中にも関わらず「パン・アメリカン・ゲーム」に各チームの主力が参加する。
さらに2007年は11月に台湾で行われたワールド・カップにもプロ選手が参加し、地元台湾チームを全く寄せ付けず、3戦3勝している。
以上が、メキシコプロ野球の1年の流れである。この国では、広い国土のどこかで、また代表チームが海を越えて、1年を通じて野球が行われているのだ。
サッカーのイメージが我々には強いが、メキシコは知られざる「野球大国」なのだ。
<続く>
■石原豊一(いしはら・とよかず)
1970年生まれ、大阪府出身。圧倒的な行動力で、これまでアジア、アメリカ、中南米、ヨーロッパなどを渡り歩く「流離いの野球好き」。国内はもちろんのこと、すでに世界各国200を超える球場で野球を観戦してきた。イスラエル野球リーグが開幕したときも、早速現地へひとっ飛びしたほどの行動派。
※石原豊一氏による過去のレポートはこちら
●イスラエル野球紀行
→http://kozo.boxerblog.com/kozo/cat2140867/index.html
●北信越BCリーグ開幕レポート
→http://kozo.boxerblog.com/kozo/2007/05/post_4ba1.html

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