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2008-01-18

イスラエル野球紀行 第13回

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 2007年6月に中東の地・イスラエルでプロ野球が始まったのをご存じでしょうか? 『野球小僧』では昨年9月10日に発売された07年10月号の「ワールドベースボールレポート」にて、シーズン中に現地へ赴いた石原豊一氏によるのレポートを紹介しました。
 ただし、ページ構成の都合で掲載は1ページ。そこで、石原氏が誌面に書ききれなかった道中の体験を「イスラエル野球紀行」としてご投稿いただきました。
 現在はそれをもとにして、当ブログにて週1回のペースで連載しております。今回は13回目。我々日本人には、大変遠く感じる中東・イスラエル。開幕したプロリーグとは、実際どのような雰囲気だったのでしょうか?

イスラエル野球紀行の過去の記事はこちら
           

■ラストゲーム(8月14日 ベトシェメシュ・ブルーソックス対テルアビブ・ライトニング戦[テルアビブ・スポーテック])~その1

       
試合前の情景

 今日の試合は僕にとってのイスラエル最後のゲーム。リーグにとってもレギュラーシーズンの最後から2番目のゲームだ。大方の順位は決まっているので、いわゆる消化試合というやつだ。
 今日も球場はスポーテック。僕は昨日と同じように大学駅からてくてく歩いた。大学駅からヤルコン川に沿って緑豊かな公園が続いているので苦にはあまりならない。しかし駅から30分、バス停だってかなり遠い。なんと交通の便が悪いことだろうと思うが、ほとんどのファンは車で来るのだろうからあまり関係はない。
 前にも書いたように、こことゲゼルでは試合前の練習がある。僕が着いた時には、ブルーソックスがバッティング練習をしていた。コーチの投げるヘロヘロのスローボールをバッターが打ち返す。距離のあるトスバッティングといった感じだ。それでも打ち損じているやつがいる。
 フィールドに入って、目の前にあったグローブを拝借して外野で球拾いをすることにした。選手ももう慣れたもので、僕を見つけると手を挙げてくるほどになった。

     

中国でやりたいというシーン

 センターあたりにつっ立っていると、ブルーソックスの外野手、シーンが声をかけてきた。彼は中国人の母を持つアメリカ人で、今年初めてプロの世界に飛び込んだ。握手しながら、今日の試合は順位が決まったので一番悪いピッチャーが投げるんだ、と言って顔をしかめた。
 どこのチームも、昨日あたりからプレーオフを見据えて戦力を温存し始めている。プレーオフは一発勝負のトーナメント。特に上位チームは何が何でも負けるわけにはいかない。特に投手については気を使っているようだ。
 首位でレギュラーシーズンを終わるブルーソックスはエース、フェリシアーノを昨日の試合で中継ぎ登板させ、実戦感覚がなくならないよう配慮。プレーオフに備えている。今日を最後にイスラエルを発つ僕は残念ながら見られないが、明日のタイガースのゲームでリョージュが先発するのも、彼には悪いが、プレーオフに備えたピッチャーの温存が理由だろう。
 彼は聞いてきた。
「来年は中国リーグでやりたいんだけど。どうかな?」
 僕は実際に中国リーグをこの目で見たことはないが、アジアシリーズやWBCの予選で代表チームのプレーは見たことがある。3Aでプレーした選手から草野球並みの選手のいるこのリーグと比較するのは難しいが、アベレージではその実力はトントンといったところだろう。実際、アメリカのプロで経験のある選手は、「このリーグは大体1Aクラスだ」といっていたので、オールスターにも出場した彼なら中国でも活躍できる可能性はある。
 僕は彼に、「レベル的にはこことあまり変わらないだろう」ということと、「広島カープのアカデミーからドミニカ人の選手が派遣されたことがあるから、外国人もプレーできるだろう」ということを伝えた。ちなみにそのドミニカ人選手はエスターリン・フランコと言って、広東のチームに在籍。2冠王になって2005年に日本にやってきたが、2軍暮らしが続いて1年でクビになった。
 中国のプロリーグのシーズンは4月から6月。そのことも伝えると、彼はそれならそのあとイスラエルでもプレーできると、笑顔を見せた。リーグの英語サイトの存在も教えてあげると、さらに喜んで、また試合後に詳しいことを教えてくれと、ベンチへと去っていった。
 彼はその出自からか、東洋の野球に興味があるらしく、イチロー選手のバッティングをビデオにとって勉強しているらしい。試合後にはイチローのいたブルーウェーブのキャップが欲しいと、日本で何とかならないのかと僕にせがんできた。
 彼はブルーウェーブというチームがなくなって、バファローズに変わっていることまで知っているほどの日本通で、結局ネットオークションでそれを探すことを約束させられた。
 アメリカ人選手の多くは、ほかに仕事をもって、このリーグの期間だけ休みをとって参加しているというパターンが多い中、彼はとにかく「プロ野球選手」になりたいがために、大学卒業後、このリーグに飛び込んだという大の野球好き。リーグ終了後の仕事もまだ決まっていないらしい。もっとも、大学卒業後の進路は卒業してから探すということは欧米では珍しいことではないので、彼も別に悲観した様子はない。今では独立リーグも冬季リーグをやっているので、彼なら何とか野球を続けていけるだろう。

        
 そんな調子で練習時間は過ぎていき、いよいよ試合開始に向けて準備が整っていった。

        

<次週へ続く>
        

■石原豊一(いしはら・とよかず)
1970年生まれ、大阪府出身。圧倒的な行動力で、これまでアジア、アメリカ、中南米、ヨーロッパなどを渡り歩く「流離いの野球好き」。すでに世界各国200を超える球場で野球を観戦してきた。イスラエル野球リーグが開幕すると聞いて、今回も早速現地へひとっ飛び。異国の野球熱を思い切り体感してきた。

※石原豊一氏による北信越BCリーグ開幕時のレポートはコチラ
http://kozo.boxerblog.com/kozo/2007/05/post_4ba1.html

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