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2008-01-29

イスラエル野球紀行 第15回

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 2007年6月に中東の地・イスラエルでプロ野球が始まったのをご存じでしょうか? 『野球小僧』では昨年9月10日に発売された07年10月号の「ワールドベースボールレポート」にて、シーズン中に現地へ赴いた石原豊一氏によるのレポートを紹介しました。
 ただし、ページ構成の都合で掲載は1ページ。そこで、石原氏が誌面に書ききれなかった道中の体験を「イスラエル野球紀行」としてご投稿いただきました。
 現在はそれをもとにして、当ブログにて週1回のペースで連載しております。今回は15回目。我々日本人には、大変遠く感じる中東・イスラエル。開幕したプロリーグとは、実際どのような雰囲気だったのでしょうか?

イスラエル野球紀行の過去の記事はこちら
           

         

■ラストゲーム(8月14日 ベトシェメシュ・ブルーソックス対テルアビブ・ライトニング戦[テルアビブ・スポーテック])~その2

       
3Aのプレー経験もあるフランコ

 テルアビブの一塁走者が牽制で刺されてチェンジになったとき、バッターボックスで一体何をやっているんだという表情で立ちすくんでたのは、3番打者のフランコ。ショートを守るこの選手は、ドミニカの野球選手の名産地サンペドロ・マコリスの出身だ。この町からはあのサミー・ソーサも出ている。彼は48歳で今なおメジャーで活躍しているフリオ・フランコの親戚だそうだ。まあ、一族郎党に野球選手のいない人はいないという町柄だから、これも決して驚くことではない。
 フランコは94年にフロリダ・マーリンズと契約。99年には3Aまで昇りつめたものの、故障で夢潰え、ここ3年はイタリアでプレーしていたという。このリーグについては友人から聞き、ドミニカでのトライアウトを受け、はるばるイスラエルまでやってきた。

Francoテルアビブのショートを守るフランコは3Aの経験もあるドミニカンだ
 イタリアのほうが野球のシーズンは長い。1度しか行ったことはないが、スタジアムやグランドもよほどいい。にもかかわらず、イスラエルにやって来たというのは、ここでの2ヶ月2000ドルというギャラはよほど魅力的なのだろうか。ここでのシーズンの後は、ドミニカに帰ってコロンビアかニカラグアのウィンターリーグで職を得ようと考えている。アメリカでの夢破れた彼を雇おうという球団はカリブ一の強豪・ドミニカにはないらしい。
 それでも彼の守備はすばらしい。この日はひとつ三遊間のゴロを捕り損ねたが、彼がエラーするならそれはグランドが悪いんだと納得させられるくらいの技術がある。ファーストへの送球はまさに「糸を引く」ような感じで、タイガースのサントスと並び、このリーグでは双璧をなすだろう。それにしてもこんな選手と46歳のガードナーが同じフィールドで対戦するなんて、全くもって不思議なリーグだ。

               

老雄ガードナーようやく降板

 3回の裏、テルアビブの攻撃。老雄の終わりはあっけなくやって来た。
 ブルーソックスはすっかり休日モードなのか、全く点が取れない状況だったが、テルアビブもそのペースにおつきあい。この回が始まるまでなんとノーヒットだった。ガードナーのスローボールを見極めることはできても遅すぎて打ち返せない。
 この回も先頭フランコはショートゴロに倒れる。次の4番ブリトーにはデッドボール。当たっても痛くないのでバッターもほとんどよけない。もう老いた彼には余力は残っていないのか、踏ん張りの利かないまま投げた次のバッターの初球は、打者の背中を抜けるほどだった。
 また四球のオンパレードが始まるのかと思ったが、俺でもいけるよとばかり盗塁を試みたブリトーをテルアビブ大学の大学院生キャッチャー・ブレノリッツがまたもや矢のような送球で刺した。しかし、せっかく2アウトまできたのに、次のフィッシュにレフト前にはじき返される。観客は大喜びだ。相変わらずイスラエルのファンはノリがいい。ヒットであろうと、フォアボールであろうと、少しでも試合が動けば狂わんばかりに大叫びする。
 ここで、監督は始めからヒットが出たら替えると決めていたのか、マウンドに向かって、この回に初めからブルペンに行かせていた2番手ピッチャーへの交代を告げた。
 ガードナーも気が済んだのか、監督がマウンドに到着する前に、自分からマウンドを降り、監督にボールを投げ渡した。なぜこのタイミングなのかはわからないが、このピッチャーが早く降りないと試合が成立しない恐れさえある。このスポーテックには照明がないのだから。
 代わったピンカスは何とかテルアビブの6番打者で昨日の先発ピッチャー、プリブルをセンターフライに打ちとってスリーアウトとした。

         

日没迫る中、緊張感のないゲーム展開に

 4回のブルーソックスは、3番打者でホームラン王争いをしているリーズからの好打順だったが、2本のヒットで足がかりを築いたツーアウト二、三塁のチャンスで7番ピアーズがあえなく三振。チャンスを逃した。
 5回、テルアビブの猛攻はなおも続く。ガードナーに替わった2番手のピンカスは、先発が先発だっただけに球も速く見えるので、いいかと思わせたが、イニングが変わるととたんに乱れだし、デッドボールにフォアボールなどで満塁とすると、2番のブリルに二塁打を食らってあっという間に3点が追加された。
 これでスコアは5-0。全くもってだらだらした試合だ。勝負はともかく、昨日と同じく日が傾いてきて、影が随分長くなってきている。試合が成立するかが心配になってきた。なにしろ明後日からはプレーオフが始まるのだ。何とか試合を成立させなければならない。
 7回戦制で4回終了時で5-0。普通に考えると勝負は決まったも同然だ。おまけに相手のブルーソックスにとっては完全な消化試合。おそらく逆転する気などさらさらないだろう。
 客席に目をやると、さっきまで観衆で埋まっていたネット裏の椅子席には誰もいない。椅子席のさらに裏の原っぱで、皆夕涼みよろしく談笑している。この球場の一塁ファールラインのフェンスの外には広場になっているが、子ども達は皆キャッチボールに興じていた。試合には全く興味がないようで、投球の時だけファールボールが飛んできたらボールをいただこうとバッターボックスに目をやっている。おまけにフェリシアーノなんかはベンチを出て、小さな子供相手にボールを転がして遊んでいる。
 「今日、ヤルキナイヨ」どうも彼は、今日先発のガードーナー起用が御気に召さないらしい。そらそうだ。ドミニカ、日本とプロ球界でもまれてきた彼から見れば、消化ゲームとは言え、あんな素人親父がプロのマウンドに立つこと自体バカバカしいことなのだろう。
 当のガードナー氏は登板が終わると高級そうな一眼レフのデジカメをぶら下げてベンチを出てそこいらをうろうろして写真を撮っている。時たま彼に寄り添っている若い白人の女は彼の「現地妻」なのだろうか。

Gardnerブルーソックス先発投手で、今年46歳のガードナーは、満足げにマウンドを降りた
 フェリシアーノの話だと、ガードナーは弁護士らしい。IBLに知人がいるらしく、そのツテで入団を果たしたようだ。そういえば、タイガースの監督も弁護士だ。おそらく強力なコネを使って彼は「プロ野球選手」の夢を実現したのだろう。彼は球場への移動も選手のバスを使わず、マイカー通勤している。あの評判の悪い食堂で彼を見かけたこともない。宿舎だけは皆と同じドミトリーにいるが、それ以外は全く特別扱いだ。ドミニカのアカデミー出身のフェリシアーノが気分がいいはずもない。もっとも気のいいフェリシアーノは「人間的にはガードナーはいい人間だ」とは言っていたが…。
 そんなチームメートの複雑な心境をよそに、“記念登板”を終えた氏は、ユニフォーム姿で球場内をうろつき、写真を撮りまくっている。
 当人を捕まえて話を聞いてみた。

石原 あのー。失礼ですが、あなたはどうしてこのイスラエルに選手としてやってきたのですか? 少し年をとりすぎているように思うのですが。46でしょ?
ガードナー No problem.まだ45だよ。今年中には46になるけどね。私はこのIBLを助けるためにはるばるやってきたのだよ。

 そのセリフは自身に満ちていた。

石原 お仕事はどうしたのですか? お辞めになったきたのですか?
ガードナー いや、夏休みをとってきたんだ。サマー・バケーション。
石原 来年はどうするのですか? 『現役』は今年で引退ですか?。
ガードナー とんでもない。来年もまた来たいね。

 いやはや、来年もやる気まんまんだ。本人にとってはそりゃ、充実したサマー・バケーションだろうが、監督やチームメイトは一体どういう心境なのだろうか。

 肝心の試合の方はというと、4回が終わり、5回に入ろうとしていた。

<次週へ続く>
        

■石原豊一(いしはら・とよかず)
1970年生まれ、大阪府出身。圧倒的な行動力で、これまでアジア、アメリカ、中南米、ヨーロッパなどを渡り歩く「流離いの野球好き」。すでに世界各国200を超える球場で野球を観戦してきた。イスラエル野球リーグが開幕すると聞いて、今回も早速現地へひとっ飛び。異国の野球熱を思い切り体感してきた。

※石原豊一氏による北信越BCリーグ開幕時のレポートはコチラ
http://kozo.boxerblog.com/kozo/2007/05/post_4ba1.html

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