フォトアルバム

2008年7月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

(株)白夜書房

  • ★ご注意
    写真・動画をはじめとするコンテンツの著作権は白夜書房に帰属しています。コンテンツの無断転載、無断コピーなどはおやめください。

Powered by TypePad

野球 - nikkansports.com

« タイツ先生「モノマネ野球教室<ライブ版>」は大熱狂 | メイン | 「2007年、あなたの心に残った野球」大募集 »

2007-12-18

イスラエル野球紀行 第10回

A_map_of_israel_2

 2007年6月に中東の地・イスラエルでプロ野球が始まったのをご存じでしょうか? 『野球小僧』では9月10日に発売された10月号の「ワールドベースボールレポート」にて、シーズン中に現地へ赴いた石原豊一氏によるのレポートを紹介しました。
 ただし、ページ構成の都合で掲載は1ページ。そこで、石原氏が誌面に書ききれなかった道中の体験を「イスラエル野球紀行」としてご投稿いただきました。
 今後、当ブログにて週1回のペースで連載していきます。今回はその10回目です。我々日本人には、大変遠く感じる中東・イスラエル。開幕したプロリーグとは、実際どのような雰囲気だったのでしょうか?

イスラエル野球紀行の過去の記事はこちら
           

■最後の夜(8月13日ネタニア・タイガース対テルアビブ・ライトニング(スポーテック))~その2

あっけない最終戦

 エースのプリブルを引き継いだ4回から3イニング目となる6回に入ると、2番手投手のクラブはつるべ打ちにあい始めた。
 このリーグではよく見られることだが、経験の浅い投手は一旦打ち込まれ始めると、相手打線の勢いを止めることが全く出来ない。おまけに平凡なレフトフライが傾いた西日と重なって外野手が前に突っ込めずヒットになってしまうなど記録に表われないミスも出た。テルアビブはたまらず抑えのエトキンを投入するが、安打を許しついに6点差を追いつかれてしまう。
 こうなるとタイガースのサヨナラのチャンスなのだが、そこはIBLである。そう思い通りにはならないオチがちゃんとついていた。
 2アウト一、二塁の絶好のチャンスに代打が送られた最高の場面で、なんと二塁ランナーが牽制タッチアウト。まるでコントの幕引きのように、審判のコールと共に陽が沈んで球場は闇に包まれた。
 IBLの規則では、原則引き分けはなく、最後はホームランダービーで決着をつけるのだが、この状態ではそれも出来ず、試合はこのまま終わってしまった。通常はこういう場合はサスペンデッドになるのだが、このカードはこの日が最終戦。結局この試合はIBL史上最初の引き分け試合ということになった。
         

求められたサイン

Childrenイスラエルリーグの応援に来ていた子供たち

 試合後、しばらく選手は外野の芝の切れ目近くでミーティング。イスラエルでは、試合後は必ず、選手、監督、コーチが集まってその試合の「反省会」をすることになっている。 10分もかからないうちに、それも終わるといよいよ撤収ということになるが、出待ちのファンへのサイン会というものが待っていた。と言っても、観客自体が80人足らずだから、サインする数もたかがしれている。
 この後の動きを知りたくて、ベンチに入った僕も、タイガースの帽子をかぶっているせいか、チームの一員と勘違いされて、サインを求められてしまった。ベンチ裏で、草野球の兄ちゃんと同じように短パン、Tシャツ姿に着替えてしまっている選手もいるので、同じような格好をしている僕も選手と間違われたようだ。身長170センチに足らない僕をプロ野球選手と間違えるのもどうかと思うが、実際IBLには僕とさほど体格の変わらない選手も多い。IBL唯一の日本人選手・リョージュも、どちらかというと細身のため、僕と並ぶとどちらが選手かわからないほどである。
 求められたサインについては、断るのもなんなんで、子供が差し出すボールに適当に名前を書いておいた。
 子供は大喜びで親の元に走り去ってゆく。いいことをしたのか悪いことをしたのか微妙なところだが、あの子はこのチームの選手の名など、もともと知らないのだから、喜んでくれてるだけいい事をしたんだと思うことにした。
 選手たちは一旦、ケファールへ帰るという。シャワーを浴びて、着替えてからバーベキュー会場のビーチへ向かう段取りらしい。日はとっぷりと暮れ、敵方のテルアビブの選手とともにバスに乗り込み、宿舎についた頃には夜8時をゆうにまわっていた。
         

長い待ち時間

 着替えたらすぐに移動だと、リョージュにせかされ、僕もシャワーを浴びて集合場所に急いだのたが、ビーチに行くという車の周りには、まだ人が数人しかいなかった。監督のバランとコーチのイボットソンが自分の愛車で迎えに来てくれていたのだが、大方の選手たちはのんびり食堂で飯を食っている。これから肉を食うのに、えらい食欲である。
 それにしても時間にルーズな連中だ。リョージュが気を使って走り回っているが、そんなことはお構いなしである。白人の選手は食堂でしゃべっているし、ラティーノ達は部屋で休んでいる。どうも彼らはバーベキューには来ないらしい。前回の開催時に会費を踏み倒しているので参加しにくいのではないのかということだった。
 気のいい彼らは別にケチというわけではなく、ビールを買ってきては、よくリョージュにもおごってくれるのだそうだが、家族を故郷に残しての「出稼ぎ」の身、何かと出費は抑えたいようだ。ただし、「イカリヤ」ゲレーロだけはレッドソックスから契約金をたんまりもらっているので、経済的には悠々自適の生活をおくれるようだが…。
 チームの連中は一事が万事この調子で、普段の試合へ向かうバスも遅れるやつが必ずいる。そのため、集合時間はそれを見越してどんどん早くなってゆき、それでも遅れるやつは遅れるので、几帳面なヤツほど待ちぼうけの時間が長くなるというスポーツチームにあるまじき悪循環が続く。今日もそれを見越して選手たちはのんびり構えているのだ。しまいには待っていた選手もひとりふたりとどこかへ行ってしまう始末。しかし、監督のバラン、コーチのイボットソン、キャプテンのダンとともに顔色一つ変えず待っていた。
           

集金の正体

 連中を呼びに行っていたリョージュが帰ってきた。リョージュにうながされたのか、おしゃべりに飽きたのか、選手たちもひとりふたりと集まってくる。
 さあ出発かと思うと、こんどはキャプテンのダンが選手ひとりひとりから集金を始めた。今夜の会費かと思ってリョージュに聞くと、そうではなく、チームでそろえたTシャツと短パンの受け渡しをしているのだという。チームから開幕時にユニフォーム一式とシャツは支給されたのだが、あまりの暑さに試合前練習時に着用する短パンを作ることにしたらしい。もともと予算のないIBLにそんな余分なものを追加支給する余裕などあるはずはなく、結局選手の中で希望者を募ってタイガースオリジナルのシャツと短パンを作ることになったのだ。ほとんど大学のサークルのノリである。おまけに、出来上がりにひと月以上かかり、結局注文者ダンの手元に届いたのが、シーズンもあと2試合という今日だったのだ。それではまるで無意味じゃないかと思うが、多くの者は記念品感覚で注文していた。帰国後、このシャツとパンツは彼らの「プロ野球経験」の思い出の品になることだろう。
 このTシャツ、短パンはリョージュも注文していた。値段を聞けば上下合わせて日本円でいうと6000円ほど。月給12万円の身には結構な出費だろうが、彼も記念の品に嬉々としている。このあたりに部屋こもって出てこないラティーノたちとの大きな違いを感じた。家族の生活を背負って海を越えてきたコロンビア人のラファエルなんかには、こんな余分な出費をする余裕はないだろう。

<次週へ続く>
        

■石原豊一(いしはら・とよかず)
1970年生まれ、大阪府出身。圧倒的な行動力で、これまでアジア、アメリカ、中南米、ヨーロッパなどを渡り歩く「流離いの野球好き」。すでに世界各国200を超える球場で野球を観戦してきた。イスラエル野球リーグが開幕すると聞いて、今回も早速現地へひとっ飛び。異国の野球熱を思い切り体感してきた。

※石原豊一氏による北信越BCリーグ開幕時のレポートはコチラ
http://kozo.boxerblog.com/kozo/2007/05/post_4ba1.html

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://www.typepad.jp/t/trackback/161293/10858700

このページへのトラックバック一覧 イスラエル野球紀行 第10回:

コメント

いつも興味深く見させてもらっています。先日、イタリアでプロ野球選手になったという日本人の日本人のことが本になっていると聞きました。このイスラエル野球紀行も一冊の本になればけっこうおもしろいものになると思います。そのときはもっと写真なども入れてほしいです。

コメントを投稿

コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。

Podcast版 野球小僧